empirestate’s blog

主に政治について。

リベラルネット戦略のマーケティング

以前から、ネット戦略にはマーケティングが必要だと言われていたので、見つけたものを載せておきます。

10分で分かるマーケティング
http://www.sandt.co.jp/kiso.htm

素人考えながら、私の理解した限りでマーケティングの内容を言うと、
1☆ベネフィット…客が何を求めているか
《レストランなら、安くて美味しい料理を求めているなど》

2☆差別化と強み…自分が他と違うのはどういうところか、その強みは何か
《他は和食レストランだけど私は洋食、他は洋食だけど私は中華、他は薄利多売だけど私は高級路線、など》

3☆セグメンテーションとターゲティング…客層を分けて、どの層をターゲットにするか
《レストランの客には和食好き、洋食好き、中華好き、特にこだわりのない層などがいるが、自分が和食を売るなら、洋食好きや中華好きではなく和食好きの客を狙う。こだわりのない層も狙えればなお良し。富裕層向けなら高級路線、一般層向けなら薄利多売方式など》

4☆4P…
product(製品)《どんな商品を売り出すか》
price(価格)《価格はどれくらいか》promotion(販促)《広告など、どうやって販売促進するか》
placement(販路)《店舗で売る、百貨店で売る、ネット通販するなどの販売経路》


で、私が考えたネット戦略のマーケティングはこうなります。(人によって考察は違うでしょうが、私の考えを書いておきます)

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【ベネフィット】
まず「ベネフィット」ですが、一般的に言って人が政治に求めるのは、衣食住が保証されること、安全が保証されること、医療や教育などのサービスの提供、また文化的に豊かな生活などがあります。
こうしたものは人の基本的な必要ですが、こうした働きが直接求められるのは政府や政治家のほうなので、メディアに求められるのは基本的に「政治」ではなく「政治の情報」となるでしょう。

しかしまた、後の項目の先取りになりますが、政治に無関心ないわゆるノンポリ層は、そもそも政治の話を求めているわけではないと思われるので、こうした層には、映画好きなら映画を通して、漫画好きなら漫画を通して、ファッションや料理好きならそれを通してなど、「文化」を通してリベラリズムを訴える必要があるでしょう。
一見こうしたものは政治とは無関係に思えるかもしれませんが、政治は直接間接に生活と関わっているので、やはりどこかで関係しているものです。

かつてナチスファシスト党が台頭してきた時には、彼らはおそろいのファッションでおそろいのポーズをとって行進したり、映画やポスターを作って大衆の心情に訴えかけたことが知られています。
またオスマントルコが滅んで近代トルコが成立した時期には、人々はトルコ帽をかぶるのをやめるなど、まず「服装」を変えたと云います。
日本の明治維新でも、人々は西洋文化流入と共に服装が変わり髪型が変わり、「ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」などと言われたと云います。

現代日本でも、極右団体は日本の「伝統」とか「文化」とか「宗教」などを全面的に利用しながら自らの主張を広めています。

「文化」を持つのは人の基本的の必要の一つですから、私達は単にリベラルな政治政策を語るだけではなく、人々に受け入れられるような、良き「文化」を提供できるかどうかが問われているといえるでしょう。
ですからある意味この戦略は、単なる政治運動ではなく、文化的な運動でもあります。
(文化といっても必ずしもファッションや芸術作品などにとどまるものではなく、たとえば上司の命令であっても理不尽な命令には従わないとか、女性やマイノリティを尊重することなども一つの文化です)

また、より根本的な必要としては、人には自分の存在に価値があると思えること、他人から尊重されていると思えることが必要ですし、自由や、差別されないこと、他人との連帯感が感じられることなども基本的な必要です。
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一方で、ノンポリ層であっても、自分の生命や財産や自由には関心があるはずなので、政策を訴えるとしたら、直接利害関係のある面で訴えるべきでしょう。
極右は「日本は中韓に侵略されている」「在日は凶悪犯罪ばかり犯している」「野党は中韓在日の手先である」などのデマを流して、野党へのネガティブなイメージを植えつけ続けてきました。こうしたデマは、人々の根本的な危機感(自らの安全が脅かされる)に訴えるような仕方で語られています。

【差別化と強み】
次に「差別化と強み」ですが、これは以前の記事(リベラリズムの理念http://empirestate.hatenablog.com/entry/2018/08/29/183048?_ga=2.14158975.917430249.1536204627-1688256755.1532434600)で書いたように、リベラリズムは「個人」を尊重し、「一人一人のための政治」を志向するものです。ですから、人々は自由が守られ、また平等が守られ(というのは、差別が固定されていれば人々は自由でいられないからですが)、またこうした価値を守るために協力し支えあうことになります。要するに「自由、平等、友愛」です。
そしてこれらは、人のもつ基本的な必要に応えるものだと思います。
そしてこうした価値を守るための仕組みとして、人権の擁護、法治主義政教分離、民主主義などがあります。
要するに、私達は近代国家の基本的な枠組みを擁護する側に立っています。

これに対して、私が拒否するのはファシズムですが、ファシズムでは個人は尊重されず、まず「国家」が先に来て、「国家に奉仕するための人々」を求めます。ですから、人々の関係は不自由、不平等、独裁政治になり、人権も法律も政教分離も民主主義もないがしろにされることになります。
要するに、ファシズムは近代国家の基本をないがしろにするものであり、反近代主義、反西洋主義とでも言うべきものになります。
政情のためか意図的なプロパガンダのためかわかりませんが、現代日本ではあたかも右翼はアメリカ側、これに反対する側(左翼呼ばわりされる側)は中国や北朝鮮側であるかのように言われることがありますが、実際には右翼側のほうが中国や北朝鮮のような全体主義に近く、むしろ「左翼」側のほうがアメリカなどの近代国家と価値観が近いと言っていいでしょう。結局のところ、リベラリズムは近代国家の基本的な価値観であるわけですから。

またリベラル側の別の強みとしては、リベラルのほうが「道徳的」だという点があります。
例えば、典型的な例としては、右翼団体が差別や憎悪を煽るのに対して、リベラルは反差別や友愛を訴える傾向があるという違いがあります。
で、差別や憎悪を煽る動画はbanされるのに対して、反差別や友愛を訴える動画は、少なくともその理由ではまずbanされません。なぜなら、そのほうが公序良俗にかない、道徳的だからです。ヘイトスピーチは規制されますが、ヘイトスピーチに反対する言論は規制されません。

また、現代日本は腐っても基本的には近代国家の枠組みの上に立てられているので、人権の擁護、法治主義政教分離、民主主義などの価値観は、日本においては(また、他の近代国家でも)完全に合法的なもので、「政治的に正しい」(ポリティカリー・コレクト)ことです。
要するに、「公式には」道徳においても、法律においても、リベラルのほうが体制側であって、体制によって「公認」されている存在です。それは日本においてもそうですし、他の近代的な国々においても、国連においてもそうです。一方、極右団体は非合法な側です。ですから、ヘイトスピーチや人権侵害は国際的に禁じられ規制されています。安倍晋三でさえ、本心はともかく、建前としてはヘイトスピーチはあってはならないことだと言っています。法律と道徳には、彼でさえ表立っては反対しません。
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そんなわけで、リベラルは法律と道徳を味方につけているわけですから、これを活用していくべきでしょう。日本では、一部で何かと「正義を盾にする」ことを嫌う風潮がありますが、正義を盾にできるなら構わず盾にするべきです。武器防具だって、長いこと使わずにおいては錆び付いてしまいます。ポリコレ棒で殴ることが効果的だということはすでに実証されています。

さらにいえば、リベラルは「事実」を味方にするべきでしょう。極右はよくデマやフェイクニュースを流しますが、それは彼らが嘘に頼っているということです。しかし嘘はいくら流通していても結局は嘘なので、それを信じる人にしか通用せず、現実には通用しません。ですから、ネトウヨサイトのデマを信じて出された懲戒請求は受け入れられず、かえって賠償請求されることになりました。

政策としては、一般市民にメリットがあるリベラルの政策は、例えば貧困対策があります。一般にリベラルは平等を求めるので、格差、少なくとも極端な格差は是正しようとする傾向があります。立民や共産党などは一部の職種の賃金アップ、長時間労働の規制などを打ち出しています。これは多くの労働者にとっては直接的なメリットです。
また育児については、立民は保育所の増設や保育士の待遇の改善、働きながら子供を育てられる仕組み作りを標榜しています。これも子供がいる、また今後いるだろう家庭には直接的なメリットです。

またリベラルは人々の権利を守るために、いじめや差別、セクハラやパワハラに反対します。これも実際に社会に出てこうしたものに直面している人々には他人事ではないでしょう。またリベラルは従来から、外国人やLGBTなどのマイノリティへの差別にも反対しています。
また人々の権利を守るために、情報公開と、独立したメディアの公正中立な報道を求めます。

こうした政策は一般市民にはメリットになると思われますが、一方でこうした政策は、独裁政治を目指す政治関係者、人々に奴隷労働をさせて利益をあげたい企業経営者、いじめや差別やセクハラやパワハラをどうしてもやりたい人々、政教一致の体制を目指す宗教的原理主義者などには受け入れられないことになるでしょう。

【セグメンテーションとターゲティング】
客層を分けることとターゲティングについては、基本的に私達は政治に無関心ないわゆるノンポリ層と、政治に関心がないわけではないが、特に支持政党がないような無党派層に働きかけるべきだと思います。
というのは、すでに自民党の岩盤支持層になっているような大企業経営者や宗教団体、またこれらの支持層などは、味方につけられればその方が良いとはいえ、まず味方に引き込むことはできない、非常に難しいと思います。
またすでに野党支持層になっているようなリベラル層については、今さらこれらの層にアピールすることもあまりないでしょう。

そんなわけで、主な狙い目はノンポリ層と無党派層になります。
総務省の発表では、2012年、2014年、2017年の衆議院選挙の投票率はいずれも60%以下で、2012年には59%、2014年には52%、2017年には53%程度です。特に若年層になるほど投票率が低く、20代では35%前後、30代では45%前後です。こうした層を味方にできれば、政局を動かせるはずです。
こんな画像もありますしね。f:id:empirestate:20180908171650j:plain
一方で、若年層ほどネットから情報を得ている割合が高く、また自民党支持率が高いとも言われます。この辺りの人たちに訴える必要があるでしょう。

一方で、ノンポリ層と無党派層の違いも意識するべきでしょう。ノンポリ層はそもそも政治に無関心な層ですが、無党派層は政治には関心があっても支持政党がない層です。もっとも、この層はある程度重複していることも考えられます。
無党派層はネットを使っていても自分から政治について調べていると思われるので、こうした層にはネット上にはびこるデマ訂正と、リベラルな政策を訴える必要があるでしょう。もっとも、これらはすでにある程度行われてきているので、それを拡充することになるでしょう。

一方で、そもそも選挙に行かない人々は、恐らくノンポリ層が多いだろうと思われます。こうした、自分からは政治について積極的に調べないような層に訴えるために、ネット戦略では動画やブログなどを活用していこうとしているわけで、むしろこちらのほうがメインターゲットだと言えるでしょう。こうした人たちには、前述のように、いかに良い「リベラルな文化」を提供できるかが大事になるだろうと思います。

とはいえ、こうした人たちの性格が変わって、政治に積極的な関心を持つようになる、とまではたぶん期待できないでしょうし、またするべきでもないでしょう。人にはやはりそれぞれの性格や事情がありますし。
ただ、人権や法治主義政教分離や民主主義など、政治の基本的な重要な点については関心を持ち理解を深めてもらうこと(理解を深めるというのは、例えば民主主義とは多数決のことだというような誤解を解くことが必要です)と、こうした基本的な点においてリベラルの側に味方してくれれば、それで良しとするべきでしょう。

しかしまた、こうした層も何かのきっかけで政治に関心を持つようになるかもしれませんので、その時のために無党派層向けとも重なるような政治の情報提供をするべきでしょう。

またノンポリ層は自分から政治について調べることが少ないと思われるので、デマ情報を仕入れてもそれを検証せず、長い間それを信じているかもしれません。なので、デマの訂正と事実の周知は無党派層ノンポリ層を問わず必要事項です。

【4P】
☆Product(製品)については、すでにある程度提供されてきていますが、動画、ブログ、漫画、小説、ゲーム、既存メディアなどがあります。内容としては、むろん極右のそれとは違って、まず嘘ではなく事実であり、自由、平等、友愛などの価値観にもとづくものとなります。また、特にノンポリ層向けには、文化的にクオリティが高いことも求められますね。
要するに、例えば動画なら、一般に動画として面白い、高く評価されているというようなものを目指すべきです。
また、くどくない、抵抗感なく見れて、できれば時間も短い、「お手軽」に楽しめるようなものが良いと思います。私自身も、国会中継とかは見る気がしないですが、Vtuberが政治を解説しているものなら見れます。

☆Price(価格)については、基本は無料とするべきです。これはYouTubeの動画がメイン媒体ということもありますが、お手軽に、抵抗感なく楽しめるということが肝要なので、顧客に手間をかけさせてはいけないわけです。ノンポリ層に訴えるには、入り口は広く、敷居は低く、ということが大事だと思います。

これは価格に限らないことですが、私にはこんな経験があります。つまり、現実でもネット上でも、署名を集めたり、何かの主張の賛同者を集めたりしている場合、賛同するだけならやろうかという気になっても、それに加えて、じゃあここに住所やメールアドレスも書いて下さいとか、このサイトにログインして会員登録して下さいとか言われると、途端に面倒になり、抵抗感を感じて、「じゃあいいです」となります。
これは一般に、人にはそういう傾向があるものらしいです。

例えが悪いですが、ソシャゲなんかも、基本は無料にしておいて、入り口を広くして人を集めておいて、それからゲーム内のアイテムなどに課金します。それでも、人によっては何十万も課金することがあります。

もっとも、枝野氏の本が売れたように、ある程度お金を出す層もいるでしょうが。

☆Promotion(販促)については、例えば動画などは今でもTwitter上で紹介されたりしますが、ネット上では相互にリンクを貼れるので、ブログの中で動画を紹介し、また動画の説明文でブログを紹介し、またブログ同士で相互リンクしたりして、リベラルのネットワークを作り上げていくべきでしょう。そうすれば、新たに来た人も、そのネットワークをたどっていくことで多くの情報を得ることができます。
私自身、自分から動画など調べるようになったら、今までその存在さえ知らなかったような動画やブログなどを新たに発見して、次第にネットワークが出来てくるのを感じました。
そもそも存在を知ってもらえなければ見てももらえないので、こうしたものをどんどん発掘、紹介していくべきでしょう。

もっとも、広告はあまりやり過ぎると、すでに一部の広告が嫌われているように、嫌われることになりますから、ここでもまた、抵抗感なく見れるものが良いと思います。

で、抵抗感については、「自分の動作に割り込んでくるもの、自分の動作を邪魔するもの」が抵抗感があり、嫌われるものだと思います。これは一部の広告が、読み込みが遅いために画面が時間差でずれてミスクリックしたり、見ようと思っていた動画の最初に強制的に割り込んでくるので、それで嫌われることから分かります。
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一方で、ブログ内でのリンクのように、ブログの末などについているリンクを自分でクリックして次のページに飛ぶようなものは、「自分で」クリックするものなので、抵抗感も少ないと思います。一方で、文脈に関係なく、ブログの本文中に割り込んでくるようなものは邪魔に思えるはずです。

☆placement(販路)については、すでに「ネット戦略」というように、インターネット上が主な流通経路となります。とはいえ、ネットだけで完結するのではなく、実際に売りに出される書籍や、政治関係のイベントなど、現実とも合わせて展開していくと良いでしょう。
Twitterでは、デモの告知をTwitter上で行い、それを見た人たちが実際のデモに集まってくるということが行われていますが、このように現実とも関係させていくことが必要になるでしょう。選挙にも行ってもらいたいですしね。


そんなわけで、リベラルネット戦略としては、人々に受け入れられるような良き文化を提供できるか、それは気軽に手軽に楽しめて、敷居が低く、広く人々を受け入れられるような包容力あるものになっているか、それによって、人が自分に価値があると思え、自分が尊重されていると感じられるものになっているか、またその文化にも価値を見いだせるものであるか、といったことが大事になってくると思います。
そして私は、リベラリズムにはこうした必要に応えられるポテンシャルがあると思っています。

この点で、今上天皇がリベラルな立場をとっていることは、私達にとって心強いことでしょう。恐らく誰よりも日本の文化や伝統を受け継いでいる人物がリベラルな立場であるということは、日本の文化がリベラリズムと両立できるものであることを証しているからです。