empirestate’s blog

主に政治…というよりは政治「思想」について書いています。

何のために国を守るか

人によって自国の「何」に愛着を持つかは違うと思いますが、私にとっては国に「自由」があるということが根本的に重要なことです。

つまり、人身の自由や思想良心の自由や表現の自由(言論の自由)や財産権といった人権が保証されていること、また国民主権とそれを具体的に実現するための民主的な仕組みが保証されていること、そしてその国が独立国であることによって、この世で政治的なレベルでは誰かに隷属することなく独立しているということ、少なくとも法的にはそういうことになっているということです。

近年は後退しつつあるように思いますが、この自由があるからこそそれを守るための軍事力が必要だと思いますし、そのために場合によっては闘う必要もあるのだと思います。

もしそうではなくて、「自由」がないのだとしたら、たとえ生命と財産が保護されていても、それは私にとって価値ある生だとは思いません。もちろん生命や財産も基本的な必要であるのは確かですけど。

仮に自由がなくても生命や財産があればいいというなら、それこそ奴隷制度があった時代の奴隷だって生きていればそれでいいということになるでしょうし、ロシアや中国のように自由がない国でも、政府に逆らわずに権威に忠実であれば生きていけるのだからそれでいいということになるでしょう。その上中国は経済的にも豊かなわけですし。



人によっては、自国の文化や歴史に愛着があるという人もいると思います。
私も、日本の歴史や文化には(その全てに対してではないにしても)それなりに愛着はあります。

しかし、仮に日本から自由が失われてしまえば、私にとっては「文化は好きだけど政治的には支持できない国」になると思います。それは例えば中国のようなもので、中華料理は好きだけど中国政府の政治は全く支持できないというような、そういう存在になると思います。

仮に日本から自由が失われてしまったら、物理的に日本が残っていてもそれは一種の亡国だと思いますし、国安法施行後の香港からの亡命者が今の香港を見るような思いがするだろうと思います。



この点で、日本はやや特殊な歴史的経緯を持っているように思います。
多くの国では、自国の独裁政権を倒すとか、かつて植民地だった国が宗主国と闘って独立を勝ち取るとかしてきたと思います。

日本では明治から大正期あたりは国がそうした役割を果たしていたと思いますが、後には国によって国内の自由主義の運動が弾圧されるようになっていき、国の外交関係はともかく、個々の国民の市民的自由については、むしろ外国に占領されることによって得られたという面があると思うからです。この点では、むしろ香港に近いものがあるかも知れません。

とはいえ、帝国時代にしても、自由民権運動大正デモクラシーのように少なくとも部分的には自由主義の運動があったし、戦後の民主主義もその基礎があったからこそ成立したものだとは思います。日本国憲法も、直接にはGHQの草案が元になっているにしても、その草案は日本国内の在野の憲法研究会の草案の影響を受けていると言われますし、*1
日本に自由主義の歴史がないわけではないはずです。

それに、来歴はどうあれ、戦後の日本は法的には世界の中でも比較的に自由が保証されてきたほうだと思います。



そしてこのような自由は、基本的にはその国の国民が自ら守らなければならないものだと思います。

アメリカは中東ではサウジアラビアと同盟関係にありますが、サウジアラビア政教一致の体制で人権侵害が行われていると常々指摘されてきました。それでもアメリカはそれを見過ごしてきました。
アメリカにとっては、この同盟関係が自国の利益になっていれば、他国の国内の人権侵害にはそこまで深入りしないというわけでしょう。アメリカも自国の利益のために同盟しているわけだから当然と言えば当然ですが。

韓国が軍事独裁政権だった頃も、日本は当時の韓国との関係は良好だったとか言いますし、ロシアが権威主義体制になったのは昨日今日のことではないけれど、ロシアが他国に侵攻して現実的な脅威になるまでは、欧米の国々もロシアに大して干渉してこなかったでしょう。

ですから、仮に日本で自由が失われても、その日本の体制が他国にとって利益になってさえいれば、他国は日本国内の人権侵害に大して関心を持たないでしょう。中国でのウイグルや香港レベルの人権侵害が行われるようになれば多少は非難してくれるかも知れませんが、中国はこうした非難に内政干渉だといって反発し続けていますし、その時には日本もそうするでしょう。

ですから、このように自由が失われないようにするためには、本来は日本の国民がそのために「不断の努力」をする必要があるはずです。



自民党は2012年の改憲草案で天賦人権説を否定し、個人主義を弱めて家族の地位を強め、国旗、国歌への尊重を義務付け、ゆるい歯止めで三権分立を停止して内閣に強力な権限を与える緊急事態条項の案などを出していましたし、2018年案ではさらに歯止めをゆるめた緊急事態条項の案を出していました。
報道や教育にも圧力をかけていたと言われますし、最近は侮辱罪厳罰化の案が濫用されかねないと言われています。
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それでも自民党は2012年以降もずっと手堅い支持を受け続けていますし、今度の参院選でも多数派は揺るがないでしょうから、今後の日本でさらに自由が失われていくのは確実なように思われます。あとはどれだけ失われる自由が少なく済むかの問題でしょう。(これが杞憂で済めばそれでいいですが、こうしたことは常に考慮しておかねばなりませんから)

もっとも、例えば緊急時に移動の自由や集会結社の自由が制限されるとか、思想良心の自由は絶対であるにしても、外的な行動が「公共の福祉」のために合理的な範囲で制限されるとかいったことは不当だとは思いませんが、政府がそれを合理的な範囲にとどめてくれるかどうかは正直怪しいものだと思います。

私は少なくとも人身の自由や思想良心の自由や表現の自由や財産権のような核心的な権利は守られることを求めています。

*1:ラウエル「私的グループによる憲法改正草案(憲法研究会案)に対する所見」 1946年1月11日 | 日本国憲法の誕生憲法研究会案とGHQ草案との近似性は早くから指摘されていたが、1959(昭和34)年にこの文書の存在が明らかになったことで、憲法研究会案がGHQ草案作成に大きな影響を与えていたことが確認された。❞

*2:https://www.jiji.com/jc/article?k=2022042300333&g=pol(2022年04月24日) ❝インターネット上の中傷抑止が狙いだが、改正案では恣意(しい)的な適用への歯止めが効かず、政府による「言論弾圧」につながりかねないとの主張だ。既に対案となる議員立法を国会に提出。修正も含め見直しを求めている。❞

*3:https://www.tokyo-np.co.jp/article/56517 (2020年9月19日) ❝菅義偉政権がスタートした。7年8カ月続いた安倍晋三政権、安倍自民党時代は報道機関、特にテレビ局への「圧力」が取り沙汰された❞

*4:https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabeteruhito/20160709-00059798 (2016/7/9)❝参院選の投票日を前にして、自民党が教員の政治的な発言の密告を受け付けるホームページを作成していたことが発覚し、物議を醸しています。❞

憲法記念日


今日は憲法記念日でした。

あまり批判的なことは言いたくありませんが、一部の人々の間では憲法と言うといまだに9条や平和主義のことばかりが取り沙汰されているようで、世論調査では9条の改憲については賛否がほぼ拮抗しているけど、緊急事態条項については賛成派のほうが多い事態になっているようです。

これを危惧したのか知りませんが、日本弁護士連合会も改めて緊急事態条項の創設に反対する声明を出していました。
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2022/220502.html


9条に代表されるような平和主義の規定も、それはそれで確かに意義あることだとは思います。(もちろんこれは自衛権を認めないという意味ではない)


しかし、それよりももっと根本的に重要なこととして、今の憲法国民主権基本的人権を保証しているということのほうが大事なことであるはずです。

明治憲法(大日本帝国憲法)の下では国民に主権はありませんでしたし、人権も「臣民の権利」として、「法律の範囲内において」とか「臣民たるの義務に背かざる限りにおいて」とかの限定された権利でした。
そして実際に検閲や、後には特定の思想信条の持ち主が特高警察に逮捕され拷問死するような事態があったわけです。今の日本国憲法になってから初めて国民主権と、法律の範囲内に限定されない基本的人権が保証されたのです。

もちろん明治憲法にしてもそれ以前に比べれば権利の保証や立憲主義において進歩したと言えるでしょうが、今の憲法からするとやはり不足したものだと思います。



仮に日本で9条が全く廃止されて自衛隊が正式に軍になったとしても、その軍は少なくとも直接には国民の権利を侵害するものではない(はず)でしょう。

しかし自民党案のような歯止めのゆるい緊急事態条項で三権分立が停止され、人権が制限されるような事態になれば、それは直接国民の権利を侵害することになりかねないと危惧します。

自民党案の緊急事態条項では「国民の生命、身体及び財産を保護するため」という文言はありますが、「自由を守るため」という文言はありません。もしこれが、自由権は保証されないという意味ならば、人身の自由も表現の自由(言論の自由)も、さらには思想良心の自由のような内心の自由さえも脅かすことにつながるのではないかと危惧します。

私は正直、政府の政策が「右傾化」しようと「左傾化」しようと、あるいは「小さな政府」や「大きな政府」に傾こうと、自分自身の生命と財産と自由が守られていれば、個別の政策にはさほどこだわりはありません。
しかし人権を制限するという話になってくると、それは直接自分の利害に関わってくることですからやはり無関心ではいられないと思います。(本当は個別の政策も自分の利害に関わってくるのですけど…)

正直言って今後の日本の市民的自由についてはあまり楽観的になれませんけど、こうした核心的な自由が守られることを望みます。

緊急事態条項について

私は憲法学者でも法律家でも弁護士でもないので遺漏もあるでしょうが、懸念をそのままにはしておけないので書いておきます。

自民党案の、憲法中の緊急事態条項の案については、私は今のところ反対です。

私としては今のところ、自民党案のように内閣(行政)に立法権を与える内容なら、目的を立憲主義体制と国民の権利自由を守るために限定し、条件や対象を厳格に規定して、国会の承認を得られなければ失効するという条件くらいは課すべきだと思います。(個別の法律ではすでにこのような規定があるものもあります。❨災害対策基本法、国民保護法、新型インフルエンザ等対策特別措置法❩)
あるいは、行政に立法権を与えない、国会の権限を強化するような内容なら、今ある54条の緊急集会を拡充するのが良いだろうと思います。

(自民党案の主な緊急事態条項は国会の立法を待たずに内閣に政令を制定する権限を与えるもの(2018年案)で、これは内閣に立法権を与えるものだと解されます)

自民党案の緊急事態条項案は2012年の改憲草案と2018年の素案がありますが、その両方に対して、複数の弁護士会や弁護士個人が反対の声明や意見を出しています。(リンク条件があるのであまり載せられませんが)
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緊急事態条項には常に濫用の危険性があり、実際に濫用もされてきたので、こうした声明や意見でも、かつてナチスがワイマール憲法中の緊急事態条項を利用して独裁体制を作った例や、日本では、悪名高い治安維持法明治憲法(大日本帝国憲法)中の緊急勅令を使って定められた(改正された)例など、緊急事態条項が濫用された例を挙げて反対しているものが多かったように思います。もちろんそれ以外の理由もありますが。

しかし、外国の多くの憲法中には今でも緊急事態条項があるのではないかと言われることがありますが、私が少し前にこれについて調べた時には、「外国の憲法中には緊急事態条項がある」とよく言われる割には、その外国の緊急権の具体的な内容と自民党案の具体的な内容を比較検討するような記事はほとんど見当たりませんでした。

しかし一応、わずかに具体的な内容を挙げて比較検討している記事があり、また平成25年(2013年)の衆議院憲法審査会事務局の資料でも他国の憲法の資料がありました。


憲法審査会事務局の資料によると、一般に、緊急事態条項の濫用を防ぐためには様々な規制をかけるべきだとされていて、目的を立憲主義体制と国民の権利自由の擁護に限定し、措置を一時的かつ必要最小限のものとし、通常の状態では対処できないことが客観的に明らかで、緊急時の措置には事後に議会(国会)や裁判所によって責任の追及や被害の回復がされるなどの要件が必要だと考えられているとされます。

このため、国家緊急権の実定化に当たっては、①その権限の行使が立憲主義体制の維持及び国民の権利・自由の擁護という明確な目的に限定されること、②その権限の行使は、緊急事態に対処するための一時的かつ必要最小限度のものであること、③緊急事態とは、憲法又はコモン・ローに定める通常の手段では対処できない事態であり、かつ、それが客観的に明らかである場合をいうこと、④緊急事態の終了後、国家緊急権に基づき講ぜられた措置等について、議会及び裁判所において政治的及び法的責任が追及され、また、国民が被った不利益について、十分な回復措置が講ぜられること等の要件が設けられるべきであると一般に考えられている。

(「緊急事態」に関する資料 平成25年5月 衆議院憲法審査会事務局)

しかし、自民党案はこうした要件が不足しているようで、2012年案の時点で他国と比べても異常な独裁条項だと言われていますし、2018年の案ではさらに規制がゆるくなっていて、2012年の案や大日本帝国憲法の緊急勅令よりもひどいと言われています。

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2016030100008.html

…他の先進国の憲法と比較して見えてくるのは、自民党草案の提案する緊急事態条項は、緊急時に独裁権を与えるに等しい内容だということだ。こうした緊急時独裁条項を「多数の国が採用している」というのは、明らかに誇張だろう。

 確かに、憲法上の緊急事態条項は多数の国が採用しているが、自民党草案のような内閣独裁条項は、比較法的に見ても異常だといわざるを得ない。

(2016年03月14日 論座)❨ここでの案は2012年案❩


https://www.huffingtonpost.jp/2018/05/03/kinkyu-jitai-joukou_a_23426043/

…以上のように、新73条の2には権力濫用の歯止めがみあたらず、2012年の自民党憲法改正草案や、戦前の大日本帝国憲法8条と見比べても、酷いと言わざるを得ない。近代立憲主義は、権力の暴走を防ぎ基本的人権を遵守するための英知だ。しかし、新73条の2は、内閣は暴走しないという前提に立っており、憲法の何たるかを誤解している恐れすら感じさせる。

(2018年05月03日 ハフポスト)❨ここでの案は2018年案❩


私がこうした資料や反対声明などで見たところ、自民党案の緊急事態条項の主な問題点は、内閣(行政)に立法権を与える内容なので一時的に三権分立(権力分立)を停止するものであること、内閣に与えられる権限が広範に渡ること、発動条件などの条件が幅広い上に法律に委ねられていて恣意的に発動できること、国会による承認が事後でもよく承認が得られなければ失効するという規定もないなど歯止めがかなりゆるいことだと思われます。


前提として、日本でも三権分立が取り入れられていて、立法権は国会、行政権は内閣、司法権は裁判所が担っています。
今の憲法中では、41条で国会は「国権の最高機関であって、唯一の立法機関」だと言われています。

自民党案の緊急事態条項では、内閣(行政)が法律と同じ効力を有する政令を制定できる(2012年案)ので、一時的とはいえ三権分立を停止するものだと言われます。
2018年の案でもやはり内閣の政令制定権が定められています。2018年案の政令は法律と同じ効力を持つのか不明ですが、国会の立法を待つ暇がないと判断する時に制定するものですからやはり法律に代わるものに思えますし、反対声明などでも同じように扱われています。


ドイツとアメリカの緊急事態条項は行政に立法権を与えるものではないので、この点で違っていると言われます。ドイツの緊急権は議会の権限と手続きの原則を修正するものだと言われます。

アメリカは英米法の体系で、英米法は大陸法とは違って平時と緊急時を区別せず、緊急時は不文法で対処するそうなのであまり参考にならないかも知れませんが、アメリカの憲法上での緊急事態条項は、人身保護令状(裁判所が身柄を拘束されている者の申し立てでその拘束が違法かどうか審査する令状)の停止と、大統領に議会の招集権を与える(原則としては招集権がない)ものだけだと言われます。


一方で、フランスと韓国の緊急事態条項は行政に立法権を与える内容ですが、その発動には厳格な条件がかかっていて、そうそう発動できるものではないと言われます。(フランスでは2015年にテロ事件が起こった時も憲法中の緊急事態条項ではなく法律の緊急事態法で対処したと言われます。)

また議会の関与や解除の条件などについても、フランスは大統領が事前に議会の両院議長と首相・憲法院に諮問することになっており、また事後に下院議長等の付託で憲法院が権限発動の条件を満たしているか審査できる、大統領の措置も憲法院に諮問することになっているなどとされます。
韓国は国会への通告は事後でいいようですが、国会が戒厳の解除を要求したときには解除されることになっているとされます。

またイタリアの非常事態の条項は、政府が「法律の効力を有する暫定措置」を講じることができるものですが、その場合は議会の両議院が招集され、両議院がその措置を立法化しなかった場合は遡及して措置が失効するなどとされます。

またポーランドの非常事態、戒厳事態は一定の人権制限措置ができるものの、その場合でも憲法上制限できない人権が列挙されていて、下院の取り消し議決で終了するなどとされます。



一方、自民党案では発動条件が幅広い上にその条件自体が「法律で定める」ところになっていて、2012年案の時点でかなり恣意的に発動できると言われています。2018年案ではさらに制限が軽くなっています。

これでは、国会で多数派を占める政党が自分たちに都合のいい条件で発動できるような法律を作って、恣意的に運用されかねないと思います。その上、日本では戦後ほとんどの期間、自民党が多数派で政権与党であり続けてきたということを考えればなおさらです。日本が二大政党が時々政権交代するような状況ならまだしも、このような状況では国会でさえどれだけ歯止めになるのかと思ってしまいます。


また、2012年の自民党案では緊急事態中の措置については事前または事後に国会で承認を得なければならないと定めていますが、これも事後でもいいし期間の定めもないので歯止めがゆるいと言われています。

2018年の案ではさらに歯止めがゆるくなっていて、速やかに国会の承認を得なければならないとされていますが、承認を得られなければ失効するという規定はないし、得られない場合の宣言解除の規定も、延長する場合の100日間毎という規定もなくなっています。

明治憲法中の緊急勅令は自民党案の緊急事態条項と同じように法律に代わる勅令を出せるもので、治安維持法を定めるのに使われたものですが、この緊急勅令は後で帝国議会の承認を得られなければ失効するという定めがありました。(それでもこの治安維持法は結局失効しなかったのですが)

しかし2018年の自民党案にはこの承認を得られなければ失効するという規定さえないので、権力を制限して国民の権利を守るという立憲主義の観点からすれば、明治憲法よりも後退しているように思えます。

ちなみに、2012年の案にあった「基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。」という文言もなくなっています。
また、どちらの案でも「国民の生命、身体及び財産を保護する(守る)ため」という文言がありますが、生命や財産を守るためとは言っても「自由を守るため」とは言わないところが示唆的に思えてしまいます。

2018年の案は対象の範囲も限定されず手続きの制限もないなど、2012年の自民党案や大日本帝国憲法(旧憲法)の緊急勅令よりひどいとも言われています。

https://www.47news.jp/2709398.html

…国会による法律制定を「待ついとまがない」と政府が判断するなら、たとえ国会の会期中でも、国会を無視して制定できる。旧憲法でさえ、議会閉会中を要件として議会を尊重していたのに、である。

 また「国民の生命、身体および財産を保護するため」であれば、どのような政令も制定できる。大災害との関連は必要ない。「国民の生命、身体、財産を守る」として、安全保障法制の改正さえできるのである。

 さらに政令は、国会の承認を求めるとするが、承認がないときに効力を失うとは定めていない。旧憲法でさえ、議会の承認がないと将来に向かって効力を失うと定めた。

 つまり、国会は政府を全く統制できなくなる。政府に立法権を全権委任したナチスの制度と同様の性質を持っている。国民主権が崩壊する極めて危険な制度である。

(2018年3月26日 47NEWS)


そんなわけで、自分としては、もし本当に行政に立法権を与える内容での緊急事態条項がなければならないのであるならば、目的を立憲主義体制と国民の権利自由を守るために限定し、条件や対象を厳格に規定して、国会の承認が得られなければ失効するという条件くらいはつけるべきだと思います。国会だけでは不十分なら裁判所の審査もつけるべきかも知れません。緊急事態中でも制限できない人権を規定してもいいでしょう。

(平成14年の国会では、武力攻撃事態であっても例えば思想良心の自由、信教の自由のうち信仰の自由などは内心の自由にとどまる限り絶対的な保証であるが、外的な行為には公共の福祉による制約があり得るなどと言われています。)
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一方で、もし行政に立法権を与える内容でなくてもいいなら、今の憲法中にもある程度そういうものがあって、54条では、衆議院の解散中に国会の議決を得る必要がある時には、参議院だけで国会の代わりに議決できるという規定があります。(緊急集会)
ちなみにこの緊急集会での議決は、後から衆議院の承認を得なければならず、得られなければ失効するという条件が課せられています。ここは明治憲法中の緊急勅令と同じです。

もしこの54条の緊急集会だけでは足りないのならば、この条項を拡充して、もっと参議院の権限を強めるとか時期を拡張するとかしてもいいだろうと思います。

なお、今の憲法下でも非常事態において公共の福祉のために合理的な範囲で国民の権利を制約することは可能であるとされています。*5
*6

さらに言えば、国会での立法を待つ暇がない時に内閣が政令を出せるという規定は、憲法ではない個別の法律の内にすでにあって、しかも自民党案の緊急事態条項よりも厳格な条件が課され対象が限定されています。また国会や緊急集会で承認されなければ失効するという規定もあります。*7

ロシアの侵攻で対外的な環境も変わっていますが、自民党案の内的な問題点がそのままならば、私は賛成できません。


参考

「緊急事態」に関する資料 平成25年5月 衆議院憲法審査会事務局
(脚注の国会答弁などはここに記載)


自民党の2018年素案

(平成 30 年 3 月 26 日
自 由 民 主 党
憲法改正推進本部)

❝第七十三条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法
律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
② 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

第六十四条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。❞
(災害というと自然災害を連想するが法的にはそれに限らないと言われる)

*1:https://satsuben.or.jp/info/statement/2016/09.html

*2:https://www.aiben.jp/about/library/2810-03.html

*3:https://www.okaben.or.jp/news/2433/

*4:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/115405053X01820020724/4福田康夫内閣官房長官 …ただし、例えば、憲法第19条の保障する思想及び良心の自由、憲法第20条の保障する信教の自由のうち信仰の自由については、それらが内心の自由という場面にとどまる限り絶対的な保障であると解している。しかし、思想、信仰等に基づき、又はこれらに伴い、外部的な行為がなされた場合には、それらの行為もそれ自体としては原則として自由であるものの、絶対的なものとは言えず、公共の福祉による制約を受けることはあり得る。…(第154回国会H14.7.24・衆・事態対処18号5頁)

*5:https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b177219.htm ◎災害時の私権制限について 第177回国会衆議院議員木村太郎君提出「緊急時における日本の危機管理に関する質問主意書」に対する答弁書(H23.6.10) 一について 現行憲法下においても、大規模な災害に対応すべく、公共の福祉の観点から合理的な範囲内で国民の権利を制限する法律を制定することは可能であるが、その是非は、制限の必要性、その内容の合理性等を総合的に勘案して判断されるべきものと考えている。

*6:https://kokkai.ndl.go.jp/txt/115113950X00720010403/256 一般論として申し上げますと、我が国が外部から武力攻撃を受けた場合、国家国民の安全を守ることは公共の福祉を確保することにほかならないことでありますから、そのために必要がありますときには、合理的な範囲において法律で国民の権利を制限し、もしくは特定の義務を課すことも憲法上許されるものと考えております。もっとも、そのような場合におきましても可能な限り国民の権利を尊重すべきことは言うまでもございません。  このような考え方につきましては、政府は従来から一貫して明らかにしているところでございます。(第151回国会H13.4.3・参・外交防衛7号23頁)

*7:https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b183066.htm 答弁書(H25.5.7) 五について お尋ねの「緊急事態に際して、法律制定と同様の効果を閣議決定などで内閣が生じさせることができる法律」が具体的に何を意味するのか必ずしも明らかではないが、国会が閉会中又は衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の召集を決定し、又は参議院の緊急集会を求めてその措置を待ついとまがないときに、内閣が必要な措置をとるため、政令を制定することができる旨規定している法律の規定は、次のとおりである。 災害対策基本法(昭和三十六年法律第二百二十三号)第百九条第一項においては、「災害緊急事態に際し国の経済の秩序を維持し、及び公共の福祉を確保するため緊急の必要がある場合において、国会が閉会中又は衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の召集を決定し、又は参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがないときは、内閣は、次の各号に掲げる事項について必要な措置をとるため、政令を制定することができる」としており、当該「次の各号に掲げる事項」として、「一 その供給が特に不足している生活必需物資の配給又は譲渡若しくは引渡しの制限若しくは禁止」、「二 災害応急対策若しくは災害復旧又は国民生活の安定のため必要な物の価格又は役務その他の給付の対価の最高額の決定」及び「三 金銭債務の支払(賃金、災害補償の給付金その他の労働関係に基づく金銭債務の支払及びその支払のためにする銀行その他の金融機関の預金等の支払を除く。)の延期及び権利の保存期間の延長」を挙げている。 … 武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律新型インフルエンザ等対策特別措置法