※ブログにしたら商品を紹介できるようになったので、過去記事の再掲。
前の記事( http://empirestate.hatenablog.com/entry/20170416/1492353003 )で触れた漫画について、せっかくなので紹介してみたいと思います。
紹介するのは「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」と「マウス」。どちらも海外のドキュメンタリー作品です。
まずは「ネルソンさん…」のほうです。
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」
アレン・ネルソン著
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」「東京大空襲」 (KCデラックス)
- 作者: 三枝義浩
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2005/09/16
- メディア: コミック
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「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」 (講談社文庫)
- 作者: アレン・ネルソン
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/03/12
- メディア: 文庫
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この作品はもともとはアメリカで出版された書籍だったと思うのですが、私が始めに読んだのは日本で漫画化されたものでした(昔、少年マガジンに載っていた記憶)。
書籍の漫画化なのか独自にインタビューして書かれたものなのか、けっこう昔に読んだのでうろ覚えですが、私の中では漫画版のほうが印象に残っているので、主に漫画について語ります。
この話は著者であるアレン・ネルソン氏がアメリカ兵として従軍したベトナム戦争についてのドキュメンタリー、つまり実話です。
これを読んだ頃、私はこの手のドキュメンタリー漫画を読んで面白いと思ったことがなかったので、あまり期待していなかったのですが、実際に読んでみたらとても面白く(面白いと言ったら悪いかもしれませんが)話に引き込まれたのを覚えています。
個人的に、この作品で特に秀逸だと思うところは、単に戦争を描いているだけではなく(もちろんそこは大事なんですが)、その「前」と「後」をしっかり描いているところです。つまり、ネルソンが米兵としてベトナム戦争に従軍することになったいきさつと、従軍した結果その後の人生がどうなったかということ、言ってみれば「原因」と「結果」まで描いてあるところです。
これが作品にリアリティーを与えると共に、単に読み手の情緒に訴えるのではない、いわば理性と良心に訴える効果を生んでいると思います。
たとえば、戦争が恐ろしいものであるということは多くの人がなんとなくわかるでしょうが、漫画や映画でその恐ろしさを伝えようとしてもそれはなかなか難しいと思います。というのは、いかにその恐ろしさを描こうとしても、読み手にとってはそれはあくまでも画面の中の話であって、本当に「リアル」なのではないからです。
しかし、戦争の経験のせいで戦場から帰ってきた後も悪夢にうなされるようになり、幻覚を見るようになり、結婚生活も破綻して路頭に迷い、精神科にかかることになったということを聞かされると、実話であるだけにそこには一種の客観的なリアリティーがあります。漫画の中ではたいしてグロテスクな描写もないのですが、その「恐ろしさ」が伝わります。
また戦争にかかわる心理描写も、ネルソンが自らもアメリカでは差別される立場でありながら(ネルソン氏は黒人で、当時は公民権運動の時代)、戦場で敵と戦うのに気後れしないために、「ベトナム人を殺してもかまわない。奴らはグークス(アジア人への蔑称)なのだから!」と自分に言い聞かせるシーンや、訓練を受けていたにもかかわらず実際の戦場で恐怖で取り乱してしまい後から自己嫌悪に陥るシーンなどリアリティーがあります。(実話なんだから当たり前ですが)
そして兵役を終えてアメリカに帰ってきた後も戦争の後遺症に悩まされて長い苦悩の人生を送りますが、それを解決しようと精神科にかかりながら戦争と自分の人生とを顧みていくうちに、その葛藤の原因が、さらに言えば従軍することになった原因までもが、実は戦争の「前」から始まっていたのだということに気づいていきます。そしてそこで、ネルソンの個人的な経験と、彼を取り巻く「社会」の問題とがつながっていきます。
このように、単に現象だけでなく「原因」や「結果」、さらには「これからどうするべきか?」まで描いていくような描き方は、他のアメリカのドキュメンタリーでも見た覚えがありますが、こういう手法はアメリカのドキュメンタリー作品の特徴なんでしょうか?そういう描き方がとても秀逸だと思いました。
続いて「マウス」です。
「マウス」1巻と2巻
アート・スピーゲルマン著
- 作者: アート・スピーゲルマン,Art Spiegelman,小野耕世
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こちらはアメリカで出版された漫画の日本語訳で、ナチスのホロコーストの話です。こちらもだいぶ昔に読んだ漫画なのでうろ覚えなところもありますが、印象に残っている作品です。
著者のアート・スピーゲルマンは漫画家で、ドイツ・ユダヤ人系のアメリカ人。父はドイツ・ユダヤ人の移民でアウシュビッツの生き残りです。
この漫画では人々が人種民族ごとに動物の擬人化で描かれていて、意図的に漫画的な手法で描かれています。これが一種独特の効果を生み出していると思います。
著者のアート・スピーゲルマンは父からアウシュビッツの経験を聞いてそれを漫画として描いていきますが、その「父の話を聞いて漫画にする」過程そのものが漫画として描かれていて、いわば俯瞰的な視点で描かれています。そのため、この作品は父が語る過去の物語と、著者が父と妻(婚約者だったかも)と共に生きている、(描かれた当時の)現代アメリカの物語とが交互に並行して進んでいきます。そして過去編では父が主人公、現代編では著者が主人公といったような構成になっています。
とはいえ、この作品は基本的に著者の視点から、彼の個人的な経験として語られているように思います。父はアウシュビッツの経験のために悪夢にうなされて夜中に叫び声を上げたり、病的なもの惜しみでものが捨てられないなど偏屈な性格になっていますが、著者のほうは(妻も)基本的に普通の現代アメリカ人といった感じで、父やその世代の人々とは断絶があると感じています。
また過去の経験によるものか否かわかりませんが、家庭内のとある不幸のことを気に病んでいます。
父の経験を漫画にすることへの葛藤、描かれる過去が後世の人の考えしだいで変わってしまう不安定さ、どのように描けばよいかということ、出版にかかわるしがらみ、この話を描けば多かれ少なかれドイツを批判するような内容になるが、ホロコーストの当事者でもない現代ドイツ人がなぜ責められなくてはならないのか?とか、過去のために自分が人として成長し切れていないのではないかと思ったり、ホロコーストの生き残りである父が、自らもまた人種差別をしているのを見てショックを受けたり(妻は特にそれについて怒っていた)、自分が生まれる前にホロコーストで亡くなった兄に対するコンプレックス?など、著者自身の人生が描かれていく中で、父の過去が、単なる過去の出来事なのではなく、現代にまで影を落としているということが実感されます。
この作品は特に「これからこうするべきだ」というような明確な「結論」を出していなかったように思います。むしろ、あくまでも個人的な経験として描かれています。
それは恐らく著者が、このような経験からは安易な「結論」を出すべきではないと思ったからなのでしょう。だからこそ、それについて考えたこと感じたことや、葛藤のあれこれをそのまま描いたのだろうと思います。このような態度は悪く言えば優柔不断かもしれませんが、私としては誠実な態度だと思います。
そしてまた、そのような個人的な経験だからこそ、この作品には確かなリアリティーがあると思います。