empirestate’s blog

主に政治…というよりは政治「思想」について書いています。あと読書感想文とか。

小池都知事の朝鮮人犠牲者追悼文取りやめについて

東京都の小池都知事が、関東大震災の時デマなどで殺された朝鮮人犠牲者への追悼文を出さなかったことが非難され、政治的に偏っているなどと言われていましたが、この点でTwitter上でこんなことが言われていました。(今は削除されているのか、見つかりませんでしたが)

「でも小池都知事が特定の思想を持っているからといってそれを非難するのも政治的な偏りだよね」

つまり、小池氏が歴史修正主義者だからといってその思想を非難するのは政治的中立に反する、といったことでしょうが、私はこれは当たらないと思います。

なぜなら、そもそも政治家としての「公人」の立場自体が、言ってみれば「特定の思想」にもとづいていると思うからです。

つまり、政治家を含めた公人というのは「基本的人権」、「国民主権」、「法治主義」、「政教分離」、「公務員は一部ではなく全体の奉仕者である」といった理念にもとづいて設定されているのであって、その思想を否定するなら、もはや「公人」としての資格がないと言われてもおかしくないと思うからです。

もし仮に、首相や警察庁長官や裁判官が「私は全体の奉仕者ではなく、自分と自分の一族の利益しか追及しません。他人の基本的人権など尊重しません。法律を守るつもりもありません」と言ったとしたら、それを「そうか、この人はそういう考えの持ち主なのか。でもそれは個人の思想の自由だから仕方ないよね」と言えるでしょうか?そんなことはないでしょう。

ましてや、有ったことを無かったことにする(虐殺があったことは公式に事実として認められていることだと記憶しています)ような態度、少なくともそう思われてもおかしくないような態度は、公人として以前に人として不信感を持たれても仕方ないであろうと思います。
↓ハフィントンポストの記事

内閣府防災情報のページから

ついでに言えば、このような言説が出てきたのは現在の日韓関係や日朝関係が悪いことが一因と思われますが、現在の関係が良かろうと悪かろうと、過去に起こった事実が変わるわけでないのは言うまでもありません。