empirestate’s blog

主に政治…というよりは政治「思想」について書いています。あと読書感想文とか。

人権を規定する意味とは?

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人には自然権(人権)があることを認め、これを侵害してはならないと定めるのが近代国家の基本ですが、この人権という概念に対してこんな風な異論が寄せられることがあります。

「人には人権があると言っても、現に世の中には生まれてすぐに病気で死んでしまう子供や、紛争地帯に生まれたために戦いに巻き込まれて死んでしまう(人権を侵害されている)子供がいるじゃないか。だから人権などフィクションでしかない」

「雪山で遭難した時に(人権の一部である)生存権を叫んだところで命が助かるわけじゃない。だから人権などはフィクションでしかない」

自分としては、こうした批判は筋違いだと思いますが、こうした意見のために、法律で人権を規定しようがしまいが同じことだと思われてしまうといけないので、反論しておきます。


結論から言うと、人権とは「現実の事態」ではなく、「規範」であるので、こうした批判は当たらないと思います。
つまり、人権とは「現に守られている」ものではなく、「守られる“べき”」ものだということです。

そもそも法とか権利とかはすべからくそういうものですが、どんな法律も「それを定めさえすれば、もはやそれが破られることはあり得ない」などということはないのであって、それが破られることがあり得るし、それを破る者が存在し得るからこそ、それを守らせるための様々な強制力があり、破る者には罰が与えられるわけです。


現実の世の中には人権侵害は数多く存在していることは事実ですし、人権を主張したところでそれがひとりでに守られるわけではないのは当然のことであって、むしろそれを守るためにこそ、軍や警察や裁判所があるわけです。人権とは規定してひとりでに守られるものではなく、それが守られる「べき」であると定め、そのための行動を正当化することに意義があるというべきです。

で、「規範」ということについて言えば、現代的な人権という考え方自体は比較的近代になってできたものではありますが、そこに表されているような価値観は従来から存在していたものです。

つまり私達は、もし自分が通りすがりの人に突然殴られ、傷つけられたり殺されたりするとしたら、それを「不当なこと」だと思い、そのようなことが起こらないように防がれ、もし起こった場合には、その加害者に罰が与えられる「べき」だと思うはずです。

またもし、他人に誘拐され、詐欺や暴力によって自分が望まないような強制労働を無理矢理させられるとしたら、やはりそれを「不当なこと」だと思い、そのようなことが起こらないように防がれ、起こった場合には加害者に罰が与えられる「べき」だと思うはずです。

またもし、自分の財産を暴力によって奪われ、または詐欺によって騙し取られたとしたら、やはりそれを「不当なこと」だと思い、そのようなことが起こらないように防がれ、起こった場合には加害者に罰が与えられる「べき」だと思うはずです。


つまり、人の生命や自由や財産は尊重されるべきものであって、正当な理由なくそれを侵害してはならないと見なされます。
こうした価値観が古代から存在していることは、こうした行為を禁じる法の存在からわかります。
そして「なぜ」それが尊重されるべきなのかと言えば、それは人の自然の本性とものごとの道理からしてそうなのであって、それで自然権(天賦人権)ということになりますが、「権利」とは法律用語であります。

つまり人権の規定とは、この「人の尊重」を「法的に」規定し、義務づけることだと言えるでしょう。


もちろん、人権を法律で規定しようとしまいと、人の自然な存在自体が変わるわけではありません。しかし、これが規定される場合には、人権を尊重することが「法的に」義務づけられ、これを侵害してはならないとされ、それを守るために様々な力が行使されます。

一方で、もし人権が「法的に」義務づけられなかったらどうなるかと言えば、その場合、「人の尊重」は一種の倫理的な徳になるので、強制力はなく、人の「善意」に委ねられることになります。
つまり、人の生命や自由や財産が守られることは義務ではなく、「親切な人ならそれを守ってくれるだろう」ということになります。


ですから、もし人が、「世の中の人々は強制されなくても善意で私の生命や自由や財産を尊重し守ってくれるはずだし、その状態が今後もずっと続くはずだ」と思えるほど他人の善意に全幅の信頼を置けるのならば、その場合は法律で人権を規定しなくても構わないだろうし、そもそもその場合には、たぶん法律自体が必要ないということになるでしょう。


しかし、もちろんそんな事はないので、やはり世の中には法律が存在しますし、大事なものは人の善意に任せず、法的に保証されるべきだと見なされます。

そんなわけで、法律で人権を規定することは必須だと思う次第です。