empirestate’s blog

主に政治…というよりは政治「思想」について書いています。あと読書感想文とか。

相撲について

少し前に、大相撲の土俵に救命措置のために女性が上がって、それに対して「土俵は女人禁制だから」というので下りるようにアナウンスされたことが問題になりました。
https://m.huffingtonpost.jp/2018/04/04/sumou-woman_a_23403382/

それをきっかけに、女性が土俵に上がることについて賛否両論ありましたが(相撲協会自体は、このあとTwitterで緊急時には女性が土俵に上がっても構わないと言っています)、
そもそも土俵の女人禁制の伝統はもともと存在していたものではなく、明治以降に相撲が「国技」として確立されていく中で出来てきた伝統であろうという論考があります。↓
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/933/1/59-1-zinbun-06.pdf

これによると、文献における「相撲」という語の初出は日本書紀雄略天皇紀の女相撲の記述ですし、室町時代には尼僧が勧進相撲に参加した記録がある、なぜ土俵が女人禁制になったのかといえば、江戸時代に行われていた相撲は見物人同士の乱闘があったり、女性が出場するような相撲の場合、卑俗な内容になることもあったりして評判がよくなかったので、相撲が「国技」として確立していく中で、これをもっと格調高いものにしていこうという意図の中で排除されていったのだろうと述べられています。

相撲に関しては、私も多少古典の中で見たことがありますので少し考察を述べますと、まず「相撲」という語の初出が雄略天皇紀の女相撲の記述であるというのは私も見ました。もっとも、この記述はその内容からして、相撲の起源を語るというような性質のものではなく、「相撲」という競技がすでに存在していることを前提とした、単に雄略天皇の暴君ぶりを語るエピソードの一つだと言っていいでしょう。(雄略天皇日本書紀の地の文で、当時の人々から「大悪の天皇である」と言われたと述べられています)

このあと、皇極天皇(女帝)の時代に、外国(百済)からの客を饗応するために、健児(ちからひと)に相撲を取らせたという記述があります。皇極天皇が土俵に上がったとは言われていませんが(そもそも、この時代に土俵があったのかも不明)、相撲を主宰できる程度には女性が関われていたと言っていいでしょう。このほか、天武天皇紀にも相撲の記述があり、また続日本紀にも、天平年間(聖武天皇の時代)に二回、相撲の記述があります。
こうした相撲の記述はいずれも七月の記述であり、解説では、宮中行事としての相撲は七月に行われていたと述べられていました。
宮中の相撲が七月に定期的に行われていたのだとしたら、皇極天皇聖武天皇の期間には持統天皇元明天皇元正天皇の女帝の時代を挟んでいるので、この期間にも女帝が相撲を主宰していたものと思われます。

それはともかく、相撲の女人禁制については、その理由として「相撲はもともと、神事だから」という意見があります。

しかし私としては、相撲が「もともと」神事であるという意見には賛成できません。なぜなら、相撲はそれ自体として見れば明らかに「組み打ちの技術」「格闘技」であり、別に神事と一体不可分というわけではないからです。
つまり、仮に相撲から「神事」としての要素を全て取り除いても、相撲は一つの競技として普通に存在し得るものであって、相撲が神事と深く関わってきたのは事実だとしても、それは相撲の「本質」ではなく、付加的な属性であるに過ぎないからです。

雄略天皇紀の女相撲の記述には神事としての要素は何も見られませんし、それより前の垂仁天皇紀の、一般に相撲の起源と見なされている野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹴速(たぎまのけはや)の闘いの記述にしても、それは純然たる闘争であって、神事らしきところは何もありません。(ちなみにこの闘いではお互いに蹴り合い、さらに倒れたところを踏みつけており、現代の相撲とは似ても似つかない)

曽我物語」にも武士たちの間での相撲の描写がありますが、こちらも武士らしい、武芸の鍛錬を兼ねた遊興の一環として行われているもので、神事らしきところは何も見られません。(ちなみに曽我物語では、描写からして土俵が無かったり(この相撲は森の中で行われており、負けた相手が「そこの倒木につまづいて転んでしまった」と言い訳している)、現代のようにしゃがんだ状態からぶつかり合って始めるのではなく、向かい合って立った状態から、四肢を広げて掛け声を上げ、気合いを入れてから組み合うといった、現代とは違ったやり方で行われています)

しかしそれも当然であって、前述のように相撲は、それ自体として見れば単なる「組み打ちの技術」であり、神事である必要はないわけです。そしてこの技術が実際の戦争でも使われていたことは、平家物語などの軍記物の記述からわかります。

神事といえば、古代ギリシャのオリンピックもまた神のための祭りであったと云いますし、死者の葬礼の一部として徒競走やレスリングなどの運動競技が行われていた記述もあります。
しかしながら、だから徒競走やレスリングは本来は神事なのだ、とは言えないでしょう。むしろ、古代では神事が身近であったために、そうした運動競技「もまた」神事に付随して行われていたのだと言うべきでしょう。

そんなわけで、私としては相撲はもっと「脱神話化」するべきだと思います。相撲協会のやっている「大相撲」だけが「相撲」なのではありませんし、相撲は別に相撲協会の許可を取って行わなければならないわけでもなく、神事として行わなければならないわけでもありません。(続日本紀にも、宮中の相撲とは別に辻相撲が行われていた記述がある)
実際、すでに相撲協会の他にも国際相撲連盟などの相撲の団体があって、女子の部があったり、世界各地に展開していたりします。
元力士の大砂嵐も、エジプトで相撲と出会い、始めはエジプトの相撲の団体で活躍していたと云いますが、もし相撲が神事と一体不可分であるなら、イスラム教徒の大砂嵐が相撲を取ることだってできなかったはずです。

相撲に似た組み技主体の格闘技は世界各地に存在することが知られており、時にはこれらも相撲と訳されることがあります。ギリシャレスリングとか、モンゴル相撲とか、中国のシュワイジャオとか、韓国のシルムとか、トルコのヤールギュレシとか、セネガル相撲とかがあります。客観的に見れば、相撲もこうした格闘技の一種であり、特定の宗教に結びついたものではないと思います。

私はトルコのヤールギュレシを紹介する動画を見たことがありますが、その中では試合を始める前に、イスラム教の信仰告白を唱えているシーンがありました。
しかし、トルコ民族はイスラム以前から存在しているわけですから、古代のトルコ民族はこうした競技をする際、別の信仰に基づいて行っていたはずです。それが、イスラムが広まった後にはイスラムに基づいて行われるようになったわけで、つまり、こうした競技は宗教から切り離し得るものだと言えます。グレコローマンスタイルレスリングにしても、それを行う競技者は、自分はゼウスに奉納するためにこれを行っているのだとは思わないでしょう。