empirestate’s blog

主に政治…というよりは政治「思想」について書いています。あと読書感想文とか。

戦略メモ~新文化運動~

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筆者はリベラルネット戦略に賛同しています。この活動は、ネット上でリベラル側が自ら情報を発信し、またそれを助け、ネット上にリベラルなメディアと言論空間を築こうというものです。

この戦略への取り組みは様々あるでしょうが、私としては次のように考えています。

この戦略の目標は、短期的な目標としては自民党案による改憲を止めることであり(改憲自体には反対でなくても、今の自民党による改憲には反対という人も多いでしょう。私もそうです)、長期的な目標としては、日本にリベラルな文化を根付かせることだと思います。

とはいえ、この前者は後者から独立したものではなく、後者によって前者を達成するという面も大きいと思います。
つまり、リベラルな文化を、あるいは「気風」を作っていくことで、それが前時代的な改憲を阻止することにつながると思います。なので、私としてはむしろ文化のほうを重視しています。

これは単に戦略的な意味で言っているわけではなく、私自身の主たる関心事が文化にあるからでもあります。

よく言われますが、日本のいわゆる「同調圧力」だとか、「出る杭を打つ」文化だとか、男尊女卑だとか、固定したジェンダーロールだとか、理不尽な上下関係だとか、差別だとか、そういった文化には多くの人が不満を感じているようですし、私もまた感じています。なので、私はこうした風潮を変えていきたいと思っています。
いやむしろ、現代の政治状況自体が、こうした文化的な土壌から派生したものだとさえ言えるでしょう。

ですからこれは、自分に合った世の中を作っていくことで、自分が幸福に生きていけるようにするということで、政治に限らず、人が社会に生きていく上で普遍的に行われていることでもあります。


で、それではどうやってリベラルな文化を作っていくのかと言えば、それは私達の心がリベラルであることによってそうなる、と言えます。
というのは、文化とは人の言動(言葉や行い)によって形作られるものであり、人の言動は人の心によって形作られるからです。
ですから、私達の心にリベラリズムがあれば、私達の形作る文化はおのずからリベラルなものになっていくでしょう。

とはいえ、たとえ精神的にはリベラルであっても、それが言動として外に現れなければ社会に影響を与えることはできないでしょう。ですから、「発信」するということが肝要になってくるわけです。そして、現代ではインターネットがこうした文化の発信において大きな位置を占めているので、それでネット戦略ということが言われるようになったわけです。

文化には映画や音楽のような創作物もありますが、しかしそれに限られたものではなく、例えば公共の場で他の人に席をゆずるとか、女性を優先するいわゆる「レディーファースト」の習慣だとかも一つの文化です。
よく日本人は礼儀正しいとか、非常時でも列を作って並ぶとか言われますが、こうしたこともまた一つの文化です。

皆さんは、海外の映画やドラマなどを見ていて、登場人物の何気ない仕草や言葉に「文化の違い」を感じることはないでしょうか?
思うに、文化とはそうしたところに現れてくるものであり、またそこから影響してくるものだとも思います。

創作物にしても、たとえ一から作品を作らなくても、二次創作でも、作者の違いによって作風はおのずから変わってきます。

ですから、必ずしも政治的でなくても、私達の発信する文化は世の中に影響を与え、そこから一部派生して政治にも影響を与えるということにもなるでしょう。そんなわけですから、発信する、もっと言えば「自己主張」するということが大事ですね。

言ってみれば、このネット戦略は一種の新文化運動でもあります。
根付いた文化を変えるということは容易ではありませんが、かつて清末民国初の中国で新文化運動が行われた時には、纏足(てんそく)が行われなくなったり、弁髪が廃止されたり服装が変わったりと一定の効果はありました。また同じ中国文化圏でも、香港や台湾では海外の影響で大陸部とは違った独自の気風があったりします。
日本も明治維新で文化は大きく変わりましたし、トルコも共和国になって変わりました。
こうした前例もあることですし、私達もまた新たな時代を作っていけるでしょう。もちろん、良いところまで変える必要はないですが。

またそもそもどの国や地域でも、世代が入れ替われば、人々が入れ替わることでおのずと世の中は変わっていくことにもなります。であれば、その時代の流れに流されていくか、それとも自ら流れを作り出していくか、という違いにもなります。