empirestate’s blog

主に政治…というよりは政治「思想」について書いています。あと読書感想文とか。

なぜ左派は内ゲバするのか

日本の左派やリベラル派はよく仲間割れしていると言われますし、実際ちょくちょくそれが目につきますが、これは何故なのでしょうか?
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他でもよく似たようなことが言われますが、それはそもそも「左派」と呼ばれる集団は、元々まとまった一つの集団ではなく、言ってみれば「右派ではない」集団の総称だからだと思います。

つまり「右派」というのは、その国の主流派、または伝統的なやり方に適応した人々のことであり、それに適応していない人々の集団がまとめて「左派」と呼ばれているのであって、
実際には民族的マイノリティの集団、性的マイノリティの集団、宗教的マイノリティの集団、またそれとは別に単純に政治的に左派である人々など、それぞれ異なった背景と思想を持った集団の集まりなのだろうと思います。(さらに、これらの集団の間でも細かい違いがある)もちろん、マイノリティだからといって左派とは限りませんが。
ですから、その諸集団の間ではそれぞれ思想も背景もルールも異なるのであって、であれば内輪揉めするのもある意味自然ではあります。いや、内輪揉めというより、元々異なった集団の対立というべきでしょうが。


で、このようないわゆる「左派」が分裂しているのが左派の弱さの一因だとも言えるでしょうが、ではこれをどうすればいいのかといえば、私としては、無理にその差異を無くそうとするのではなく、それぞれが独自性を発揮しつつ、協力できるところでは協力するのが良いと思います。月並みな言い方ではありますが、相互尊重しつつ共生するということです。

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言ってみればこれは地方創生のようなもので、各地方にはそれぞれの独自性があるわけですが、その独自性をなくしてしまっては地方創生にならないでしょう。
むしろその独自性を発揮し伸ばし、時には改良しつつ、また他の地方とも協力していくのが良いやり方だと思います。
更に言えばこれは個々人の関係とも同じようなものであって、人々はそれぞれの個性がありながら、また他とも協力しあって生きている(あるいは、そうするべきである)のであって、要はそれが自由、平等、そして友愛というリベラリズムの理念であるわけです。

もちろん、それぞれ違う集団が独自性を発揮しつつ共生していくためには、共通のルールを守ることが必要であって、自己を保ちつつ他者も尊重し、他者の権利を侵害しないということが必要です。
で、要はそれが、法的に言えば自然権(人権)、民主主義、法治主義政教分離三権分立といったルールなわけですが、こうした共通のルールを守るためになら、異なった集団も協力することができるでしょう。

異なった集団の集まりであることは弱さともなり得ますが、例えばアメリカなども、元々異なったルーツを持った集団が集まってできた国であって、(主にヨーロッパ系ではあるものの)英国系、フランス系、スペイン系や、ピューリタン系、国教会系、クエーカーやバプテストやカトリック系などの異なった集団が集まって、しかし共に協力して英国から独立して、西側世界の雄となりました。カナダのトルドー首相も言っていましたが、「多様性は弱さではなく、むしろ強さである」というわけです。(もっともこれは、「強さである」というよりは、「強さとなり得る」というべきでしょうが)

よく政党について、それがある人々の「受け皿となる」と言われますが、多くの人にとって、政党や政治は「受け皿」ではあっても、自分自身の「背景」「ホームグラウンド」というわけではないでしょう。(無論そうでない場合もあるでしょうが)
人々にとって根本であるのはやはりそれぞれ「自分自身の」人生であり、それを守り、より良きものにするために、人は政治を行いもするわけです。

ですから、人は各々、自分自身のよって立つところ、自分自身のルーツとアイデンティティに立ち返り、それを確かなものとして守り育てるべきでしょう。そして、自らの仲間とのつながりを深めるべきでしょう。そうしてこそ、そこを拠点にして、新たな活動を始めることもできるだろうと思う所存です。もちろんそれと共に、自分とは異なった他者を尊重することも必要ですが。

特に日本においては、人は自己主張が苦手で、自分を押し殺して生きる傾向があるように思いますが、人はもっと自己を尊重し、自己を守って生きていくべきでしょう。その点で、近年LGBTの権利が主張されるようになり、カミングアウトする傾向があるのは一つの転機かも知れません。


クリスティの小説の中に、「人の真の悲劇は、人が変わってしまうことではなく、人が変わることができないことだ」という台詞がありますが、私はこの台詞の正しさが骨身にしみています。人はどうしたって、自分自身以外のものにはなれないでしょう。また私としては、なりたいとも思いません。どこまでも自己であり続けること、それが個人を尊重するというリベラリズムの基本だと思います。


Be yourself, no matter what they say.
「お前自身であり続けろ。他人が何と言おうとも」
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